いつかは乗りたいキャデラック

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コルベット星条旗
(ボクのコルベットもこんなにしたい)
お願いします T山さん O田ちゃん

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2009年6月9日(火)18:00
 米国最大の自動車会社、ゼネラル・モーターズ(GM)が破綻した。キャデラックやシボレーといった個性的な高級車は、日本でも熱烈な愛好家を生み出してきた。「されどアメ車を愛す」とのラブコールが聞こえてくる。【坂巻士朗】

 GMの車を国内で最も多く扱う輸入車販売「ヤナセ」(東京都港区)のショールームを訪ねた。キャデラックやシボレーとは何たるか。実はよく知らなかった。星条旗の下で、黒光りする車体は、キャデラックDTS。885万円という価格表示への驚きを隠しつつ、運転席に座らせてもらう。

 左ハンドル!(当たり前か)。明るい茶色の木材と銀白色に輝く金属を配したハンドルを握り、革張りのシートにもたれると、体が包み込まれるような安心感がある。長さ5・3メートル、幅1・9メートル、排気量4500CC。記者の乗る国産車と比べると、それぞれ1・3メートル、0・2メートル、3000CC大きい。値段にいたっては、5倍以上だ。

 「フロントガラスの向こうにアメリカが見えませんか」。福城和也・広報課長が笑顔で話しかけてくれた。残念ながら米国は見えなかったが、この車にあこがれる人の思いは想像がついた。角張った迫力の外観とゆったりとした内装は高級感たっぷりだ。購入するのは、50代後半から60代のシニア層が中心だ。

 キャデラックの年間販売数は約300台。CMなどが奏功した98年には約3000台でピークとなったが、00年以降はIT(情報技術)バブル崩壊などで急激に売り上げが減少した。ヤナセはGM販売店を100店舗減らし、現在は14店舗に。今回の破綻より前から、キャデラックの販売は振るわなくなっていた。

    □

 「とにかくな、あのころは、キャデラックがナンバーワンだった。おれたちにとっては夢の車だったんだ」

 1950、60年代の映画界を語るのは、俳優の宍戸錠さん(75)。「おれは、車を13台乗り換えた。『同じ車を2年も乗るもんじゃねえよ』って言い合っていたから。そのうち、キャデラックは3、4台。ポルシェもベンツもいいけど、金をかせいで、いつかはキャデラックに乗ってやると思って仕事していた。(石原)裕次郎も、(小林)旭もみんなそうやっていた」

 キャデラックのどこに魅力を? 「でかいのが良かったんだ。そして、角張った形、そう『直線の美』にあこがれていた」。小学6年生で終戦を迎えた宍戸さん。「占領軍が乗っていたのはジープ。おまけに、食べ物といえばドーナツやローストビーフ。リッチだよな。いつか、アメリカの車に乗って、うまい物を食べてやると子ども心に思った。今はシルバーパスでバスに乗ったり、地下鉄の移動が主だけど、運転するんだったらアメ車がいいな」

 1954年に第1回東京モーターショーが開かれ、64年には「あの娘をペットにしたくって」で始まる小林旭さんの自動車ショー歌が流行した。歌詞に取り込まれたシボレーもクライスラーも日産もマツダも、抜けるような明るい歌声に乗った。車の未来は輝いていた。

    □

 自動車評論家の岡崎宏司さんは「アメ車は身近な存在だった」と話す。大学生だった60年代初め、米クライスラー(4月に破産申請)の中古のデソートに乗っていた。「サーモンピンクとアイボリーホワイトの2色の車でとにかく派手。たまらなく好きだったが、ガソリン1リットル当たり2キロ前後しか走らなかった」。最新のハイブリッドカーは燃費38キロである。「だから、数カ月でギブアップして手放しました」

 50年代終わりに、米ロックスター、プレスリーの乗るキャデラックが世界的に有名になった。ジェット機を思わせる後部の翼(テールフィン)、派手なピンク色。映画館もレストランも教会までも、車に乗ったまま利用できるという時代が始まった。岡崎さんは「車に乗るのがアメリカ人の夢だった。ぼくにとっても、アメリカ文化が詰まったアメ車こそ、ドリームカーだった」と話す。

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 芸能界一の車好き、所ジョージさん(54)はアメ車を8台持っている。「GMはシボレーとコルベットでしょ、フォードはトラックタイプ含めて4台、クライスラーはロードランナーがあって2台かな」と指を折る。このほか、フェラーリなどヨーロッパの車と、オデッセイなど日本車を合わせて約20台を所有する。

 「ぼくにとって、アメ車はおもちゃの感覚。移動する物としては落第点ですよ。燃費は悪いし、時には雨漏りするし、ガスが車内に流れ込んでくることもある。一つ一つを修理して、時にはエンジンをそっくり積み替えて、自分の車にしていくのが楽しいし、価値観が出てくるんだ」

 遊び心を誘ってくれるのは、70年代前半までに製造されたアメ車だ。「それ以降は、排ガスとか燃費とか考えて作るようになったせいで、曲線が増えたり無駄な装備がついてて魅力がなくなった」。エコ対策は良いことだし、日本車などにその点で後れをとったことが経営破綻に結びついたと思うのですが……。「それはそうなんだけど、なんか腑(ふ)に落ちないんだよね」と所さん。

 「エコ対策で排ガスを減らすために、車の利用を減らして、電車やバスに乗るというのなら分かる。でも、燃費のいいハイブリッドカーが普及して、『地球に優しい』ってみんなでどんどん走ったら、アメ車が黒い煙を出して走るのとあまり変わらないと思うんだ」。所さんが主に走るのは日曜の早朝。「混雑しない時間と場所を選べば排ガスも少なくて済むからね」。なるほど、環境問題はアメ車を悪者にしてすむ話ではない。

毎日新聞引用

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